★☆☆  どこにも行けぬ、我が身


  見たことのある、小さな子供が居た。
  振り返ると、その子供は。
  無表情に私を見ていた。
 
  〜〜〜。
  何も、分からぬ。
  何も知らぬ、何も言わぬ。
  だから? なのに?
  この檻から解き放たれる時が一向に来ないのは何故だろうか。
  私がいけないのか。
  それとも他の誰かがいけないのか。
  分からぬ、それすらも。
  そして、誰にも忘れられ、
  誰をも思い出さなくなって、そして初めて、
  私はここから放り出されることになるのだろうか。
  もうお前に用はない、と。
  もう、どこへでも行け、そして野たれ死ね、と。
  私は死ぬ為に出されるのか。
  可笑しいではないか、それはおかしいではないか?
  何故なのだ。
  何故こうなったのだ。
  どうして、
  何が、
  ・・・
  何も分からぬ。
  どうしてここに居るのかも。
  誰にここに閉じ込められたのかも。
  それとも自らここに篭っているのだろうか、私は。
  もう、何も分からぬ。
  考えても仕方がないように思えてくる。
  だからだろうか、
  もう、考えるのをやめてしまおうとするのは。
  そう、思おうのは。
  眠って・・・しまおうか。
  そうすると、それは例えようのないほど魅力的に思えた。
  それもいい。
  そして、私は解かれることのない深く暗いどこかで、
  永遠を過ごすのだろう。
  そして朽ち果てるのだろう。
  しかし、それもいいと思う。
  いけない、と何処かで声がするけれど。
  否。
  そんな声が聞こえた気がするだけだ。
  そして、それは”魔”の声なのだ。
  そんなまやかしにも慣れてしまった。
  あれは嘘だ。
  あれは魔物だ。
  だから私は聞く耳をもたぬ。
  甘言を聞いて元に戻れぬようにならぬ為に、
  私は、
  静かに全てを拒絶していた。
  ・・・
  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
  そうか。
  あれは、昔の私だったのか・・・。
  いつもどこかで見ている、あれは私だったのか。
  そうか。
  確かにいつも私を見れるのは私だけだろう。
  じっと、それは見ている。
  一時もその目を離さず。
  私が可笑しなことをしないか、見張っているのだ。
  それに対して私ができるのは、ただ見ぬ振りをするだけ。
  それだけ。
  そして、それだけをずっとずっとし続けているのだ。
  そう。
  これからも。ずっと。
  永遠に。
  終わりのないまま。
  朽ち果てるまで。
  私が、私である以上。
  それは永遠に付き纏う、私という、妄想の殻なのだ・・・。
 

  ずっと見てる。
  じっと見てる。
  何をそんなに見ているの?
  何か可笑しいことでもあるの?
  分からない。
  でも、何が?
  どうして?
  自分を見なくてもいいの?
  私を見ていても、いいの?
  うん、いいの。
  だって、私は見られているから。
  え。
  昔の私に見られているから。
  昔の私が絶えず私の監視をしているのだから。
  そんな心配なんかいらないわ。
  あなたも見ているのよ。
  忘れたの?
  忘れたの? 本当に?
  ほら。
  あそこにあなたの見ているあなたが居る。
  え。
  否。
  あなたの見ている私が、居る。
  なんの・・・ことなの?
  まだ、知らない振りをするのね。
  そんなに嫌だったの?
  見ること。
  見られること。
  過去を、振り返ること。振り捨てること。
  ずっとずっと繰り返してきたことなのに。
  未だに許せないことなど、どこにあるの?
  分からない・・・。
  分からないと繰り返すだけ・・・あなたは逃げている。
  そして、目を、決して合わせようとはしないのね。
  わかってた。
  でも、期待したのも本当。
  あなたが、私を私達を見てくれると、きっと覚えていてくれると。
  ・・・。
  責めない。わかっていたから。ただ、夢を見たかっただけなのよ。
  許せない自分に囲まれて。
  嫌いな自分に見られて。
  好きな自分の後姿だけを見て。
  決して振り返りはしない、あなたの好きなあなたは・・・。
  あなたを見ない。
  知らない。
  あなたと決して何かが通じることはないというのに・・・。
  馬鹿ね、
  愚かなあなた。
  大人しく言う事を聞いていればよかったのに。
  それすらも、放棄して。
  何を求めたの?
  そんなに綺麗でいることが大事?
  それじゃあ、あなたは、永遠に後ろを振り返れないわね。
  でも、前も。
  いつかは躓くのよ?
  そうしたら、前まで見ない振りをするのね。きっと、きっと、そうね・・・。
  あなたは、私。
  私は、あなた。
  あなたは、過去に見られている、
  そして、未来を見ている・・・。
  あなたは、あなた。
  ずっと、知らない振りを続けるつもりなのね?
  過去も未来も、あなたは、あなた。
  それだけは絶対に、ずっと変わらない事なのに・・・。
  あなたは、だから、
  過去からも・・・。
  未来からも、目を決して逸らしてはいけないの。
  どんな過ちが、過去に眠っているとしても・・・。
  どんな危険が未来に迫っていたとしても・・・。
  見ることしか出来ない、と嘆いて。もう嫌と、放棄して。
  見ても、見なくても結果は、同じ。
  あなたは、ただ、それから目を逸らしているだけに過ぎない。
  ・・・そろそろ、お目覚めの時間が近づいてきたようだわ・・・。
  あなたは、自分に責任を持たないで、過去から逃げて、未来に希望だけを見てきた。
  それは、叶わぬ夢なのよ、
  いい加減に、現実に起きて。
  そうしないと、いつまで経っても、そこから出られないのよ?
  ・・・自分という名の檻の中から・・・いつまで経っても・・・。